グッバイ・クルエール・ワールド~新たなる旅立ち~

ときに熱くなったり、冷たくなったりするブログ

心の中に変わらないものが一つでもあれば

 今まで相当な数の音楽ライブを観てきたはずなんだけど、その後も記憶に残ってるものというと、ほんの一握り。なんなら観終わった直後に早くも忘れ始めているやつも結構多い。(まぁそれはそれで完全燃焼できた、という意味ではいいライブなんだけど)

 

 そんな俺にはもう20年以上前に観たのに今でもまざまざと思いだせるライブの記憶というのがあって、それはイギリスのバンド”ディーコン・ブルー”が1993年・5月5日、渋谷クアトロで行ったライブなのだ。

 

※なんで日付まで憶えているのか?というと実はこのときのライブを観た方がブログを書いていたから。勝手にリンク貼らせていただきました。ありがとうございます!!

♪ musicology_muselection | Deacon Blue

 

 当時の彼らは4枚目のアルバムを発表したばかりで、初来日公演。実はそのアルバムは過去作と比べてあまり好みではなかったんだけど、87年デビュー以来、やっと待ちに待った来日だったこともあり喜び勇んで会場に駆け付けたのだった。

 

Whatever You Say Say Nothing

Whatever You Say Say Nothing

 

(↑当時流行してた、ダンスミュージックとロックのクロスオーバーに長けたプロデューサーだった、ポール・オークンフォールドスティーブ・オズボーンと絡んでいたのだが、正直『なぜ?』という気分だった)

 

 この時のライブの様子に近い映像があったので貼っておく。イギリスはグラスゴー出身・良くも悪くも朴訥とした彼らが、今までのイメージを一新、クールなロックスター的な雰囲気を無理くり醸し出そうとしてて、特にヴォーカルのリッキー・ロスなんかは相当変な方向に向かっとるぞ!?とかなり違和感をおぼえてしまった。(なおかつ喉の調子が悪そうで、あんまり声が出てなかったし)

 


Deacon Blue "Your Town" live 1993

 

 …とはいえ、大好きだった1.2.3枚目のアルバムからも演奏してくれて大満足だった。しかし今の今までこの日のライブが記憶に残っているはなぜか?というと、俺の隣で観ていた見ず知らずの女性が感極まったのか、いきなり俺の肩に手を回してきてぴょんぴょん飛び跳ねてきたからだ。俺も驚いたけど訳も分からないまま彼女と盛り上がっていたっけ。こんなことってよくあることなんだろうか?ちなみに俺自身は後にも先にもライブ会場でそんな経験してないけどね。バンドが醸し出すフレンドリーな空気がこうした行動を許してくれてたような気がする。

 

 すでに本国イギリスではスタジアムを満杯にするほどの人気だった彼らだが、日本ではどうにもいまいち。でもそんな彼らをクアトロのような小さなライブハウスで間近に観れる!という興奮をあの日会場にいた人たちは共有していたんだな、と今にして思う。

 

 ちなみにそのあと、その隣にいた女の子とデートしました…なんてことにはならなかったんだけど(笑)。

 

 その後ディーコン・ブルーは94年に一旦解散してしまうが、99年には再結成して今も精力的に活動を続けている。もう随分聴いてなかったんだけど、密林さんのお勧めで去年ライブDVDを発表してたことを知り、懐かしさのあまり思わず購入したのだった。

 

Live at the Glasgow Barrowland

Live at the Glasgow Barrowland

 

 

 そもそもバンド名である”ディーコン・ブルー”は、アメリカのバンド、スティーリー・ダンの曲名からとっているんだけど、ああいった凝りに凝りまくったジャジーで高尚な感じというより、もっと人懐っこいブルーアイド・ソウル風味、またときにブルース・スプリングスティーンを彷彿とさせる熱いメロディーと市井の人たちに向ける眼差しの温かさが彼らの持ち味だ。(実は初めて彼らを聴いたとき”プリファブ・スプラウトに似てる”と思ったんだけど、イギリス地方都市出身・男女混声ヴォーカル、5.60年代のポップスやスプリングスティーンに影響を受けてる点など、意外に共通点は多いと思う)

 

 このライブDVDでは頻繁に観客が写し出されるんだけど、年齢層は4.50代が中心で服装もラフな、ほんとに普通のイギリス人たちばっかり、まるで同窓会に来たみたいなちょっと微笑ましい風景なのだった。

 


Deacon Blue "I Will And I Won't" (Live At The Glasgow Barrowlands)

 

 当たり前だけどメンバーも歳をとってた(オリジナルメンバーのギタリストは数年前に死去してる)。紅一点のロレイン・マッキントッシュは初来日のときなんて、もう天使のようにキラキラしてたんだけど…いやもちろん今でも変らず溌剌としてお美しいんだけどね、そりゃ30年近く経ってしまったから、歳相応な貫禄が…ゴニョゴニョ…

 

 しかし派手さも斬新さもない、ただただグッドメロディーを紡ぎだす彼らのようなバンドは、俺を含めた移り気なリスナーにはとかく忘れられがちだ。だけどかつて出会い、今では疎遠になってるあの人やこの人が自分が知らないだけで今この瞬間もひっそり生きているように、唄い続けている彼らのその姿もどこか神々しく力強かった。

 

 正直今の彼らは、初来日時のような時代の流れに乗ってやれ、またはシーンのど真ん中に再び返り咲こうといった気持ちはさらさらないのだろうと思う(ここに集まったファンもそんなこと求めてないんだろうし)。それは見る人によっては退屈な存在なのかもしれない。しかし40を過ぎた者からすると、大それたことは考えず自分の持ち場で地道に生きる我々中年期の大人の姿にダブって見え、若い頃には想像しえなかったほろ苦なリアリティーすら感じたのだった。

 

 とはいえ時が経って、あの場所から随分遠くまで来たような気がしてけど、心の中で変わらないもの、変れなかったものがここにあった気がして少し嬉しかったんだよな。

 

※あっそうそう、このDVDの密林さんでのカスタマーレビューにこんな言葉が。

『大げさに聞こえるかもしれないけど、希望とか光とか陳腐に思えるようなことを素直に信じてもいいんだなと思える素晴らしい演奏』

いやほんとその通りなんだよ…

 

 

レイン・タウン(レガシー・エディション)

レイン・タウン(レガシー・エディション)

 

 (↑彼らのファースト。このジャケ見てグッときたなら迷わず聴くべし!)

 

ミラーレス一眼カメラを買った

 カメラを買った。オリンパスの『ペン E-PL2』。ハードオフでたまたま見つけた中古品。”ミラーレス一眼”というもの…らしい。

 

OLYMPUS ミラーレス一眼 E-PL2 レンズキット ゴールド E-PL2 LKIT GLD

OLYMPUS ミラーレス一眼 E-PL2 レンズキット ゴールド E-PL2 LKIT GLD

 

 

 カメラのことなどこの歳になるまでとんと不勉強で、ミラーレス一眼がなんなのかもさっぱりわかってなかったんだが、ネットで調べたら「スマホより本格的な写真が撮れ、一眼レフほどごっつくもなく、持ち運びしやすい」とのことだし、価格もお手頃だったのだ。

 

 しかし買った後から気づいたのだが、肝心なレンズがついていない!本体だけ!買う前に気付や!…と自分に突っ込みたくなる体たらく。あわててネットでこれまた中古品の標準レンズを買う羽目に。

 

 そんなこんなで、とにかく撮れる状態になったので早速ドライブに出かけてみた。まずは金峰山を越え河内町へ。

 

 

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棚田の稲穂が程よく垂れてて綺麗だった。

その後、海辺の方へ。

 

 

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 元々最近描いている絵のイメージ素材を集めたくてカメラを買ったんだけど、なんとなく撮った風景がいい塩梅に切り取られてるのがちょっと快感になってきた。もっといろんなとこに行って撮ってみたい。

 

 

燃え殻著”ボクたちはみんな大人になれなかった”のこと

1993年、21歳の僕は東京にいた。

 

3年制の映像関係の専門学校に通うため上京し、いよいよ卒業間近となったものの、先の進路を決めかねていた。

 

その頃、映像関係・所謂”業界”になにがなんでも入ってやるぞ、という気持ちはそこまで強くなかった。今でこそ邦画人気は回復してるように見えるが、20年以上前のあの業界はじり貧もいいとこで、明るい展望を抱きづらいところがあったし、また今でもそうなのかもしれないがあの世界独特の徹夜・泊まり込み当たり前、といったブラック的仕事環境に内心ビビっていたのも大きい。

 

…とはいえ、俺の同級生の何人かを含めそんなハードルをものともせず、あの業界に飛び込んだ若者は確かにいたわけで、結局俺が意気地なしのヘタレ野郎だったことは否めない。そもそも東京に出てきたのも、そうした業界に心底憧れて、というよりとにかく地元を飛び出したかった、一人で暮らしたかった、という気持ちが強かったから。『映像業界に入る』という夢をダシにして、ただ単に東京で何者でもない自分で、全てのしがらみから逃れて、のらりくらりと生きてみたかっただけかもしれない…と今にして思う。

 

 そんな俺だったがまったく就職活動しなかったわけではなかったのだ。実はCM制作事務所に2週間ほどアルバイトに行ってたことがある。

 

 あるとき父方の祖母が連絡してきて、実は親戚が東京の広告代理店に勤めていて、お前が興味あるのなら一度会ってみなさい、という話になったのだ。ちなみにこの話には後日談があり、その祖母は俺の実の祖父が死去した後、別の人と再婚していて、その広告代理店の方は再婚した相手の親戚、つまり俺とはなんの繋がりもない人だったのだ。(親からなにも教えてもらってなかった俺は祖母が再婚してることすら知らなかった)

 

 …まぁそれはいいとして、その広告代理店の人と銀座の事務所で会い、そのつてでCM制作会社を紹介してもらい、2週間ほど丁稚奉公することになった。その頃、まだ新聞奨学生制度を使い住み込みで働いていたので、フルでの参加はできなかったが、あちこちCMの制作現場を覗かせてもらった。CMプランナーが会議でプレゼンしてるとことか、撮影現場で南果歩に会ったこともある。

 

 しかし、そんなチャンスを目の前にしてやっぱり踏ん切りがつかなかった。完全に腰がひけていた。その頃には薄々『やっぱ俺、こんな生き馬の目を抜くような大都会で生き残れる自信ない』と思っていた(まぁ丁稚奉公してた会社の人からも「君はこの業界には向いてないかも」とは言われたが)。実際それからしばらくして東京生活を畳み、福岡で4年ほど暮らした後、地元に戻り今に至るのだった。

 

 ”燃え殻”という変わったペンネームの著者が書いた『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読んで、自分の煮え切らなかった20代前半の頃を否応なく思い出してしまった。

 

 

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

 

 

 著者の燃え殻氏は現在43歳。今もテレビ美術関係の制作会社に勤める現役のサラリーマンだが、自身のツイッターで人気が出て、その後ウェブマガジンで小説の連載を始め、その書籍化が本作、なのだそう。ざっくり説明すると彼の初恋話が主軸となったストーリーなのだが、ほぼ同時期に東京に暮らし始めたこともあり、読んでいてなんだかこちらまで甘酸っぱいような切ないような気分になった。

 

 

 本に登場する数々の固有名詞・施設名が全部とは言えないけど懐かしい。例えば1999年に閉店した六本木WAVEには俺もよく通ってた。店内でCDを物色する細野晴臣氏を見かけたこともあった。地下にはシネ・ヴィヴァンという映画館があって、そこでマイク・リーの”ネイキッド”っていう変な映画を観たっけ。確かパラジャーノフの映画を観たのもここだった、と思う。

 

 

ネイキッド <無修正HDリマスター版>【DVD】

ネイキッド <無修正HDリマスター版>【DVD】

 

 

 

ざくろの色(デジタル・リマスター版) [DVD]

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 燃え殻氏の記憶と重ならない部分としては、あの頃の俺は、なぜか日本発のカルチャー全般にほとんど興味がなかったので、オザケンを神と思うこともなかったし、押井守の『ビューティフル・ドリーマー』を観たこともなかったし思い入れも全然ない、ってとこ。なにせ渋谷にも散々行ってたにも関わらず、渋谷系ミュージシャンがこぞってイベントしてた渋谷HMVにもほんの数回しか行かなかったし。(とにかくWAVEで変な音楽を漁ってた)

 

 テレビ番組のテロップを制作する会社になりゆきで入った燃え殻氏は、過酷な労働条件の中、アルバイト雑誌の文通希望欄で知り合った”最愛のブス”である彼女との逢瀬で、かろうじて精神を保つ日々を送る。その後彼女と別れて、20年近く経ったある日、フェイスブックで偶然彼女を見つけ、ふとした手違いで彼女にフレンド申請の送信ボタンを押してしまう…

 

 

「キミは大丈夫だよ、おもしろいもん」

どんな電話でも最後の言葉は、それだった。彼女は、学歴もない、手に職もない、ただの使いっぱしりで、社会の数にもカウントされていなかったボクを承認してくれた人だった。あの時、彼女に毎日をフォローされ、生きることを承認されることで、ボクは生きがいを感じることができたんだ。いや今日まで、彼女からもらったその生きがいで、ボクは頑張って微動だにしない日常を、この東京でなんとか踏ん張ってこられた。

 

 大都会で一人暮らしをする寂しさ、心細さを少しでも知ってる人なら、この言葉には泣かされるんではなかろうか。実際俺、泣いたし(笑)。この彼女がいなかったら間違いなく彼は仕事辞めてた、であろうし、なんなら東京からも逃げていたのかもしれないと、こうゆう存在がいなくて、早々と脱落した俺は逆にその気持ちが痛いほどよく分かる。

 

 そう、こんな自分でもいい、と言ってくれる人が一人でもいれば、この無情で冷ややかな世界でも立っていられるんだ、それとおセンチだ・か弱いと言いたければ言え、多分そんな奴には、業界でそれなりに成功し、それなりにいい思いもしてるのにも関わらず、未だに何十年前に別れた元カノのことを忘れられないみっともない男が書いた、この本の良さなど一ミリも理解できないだろう。まぁもしかしてそっちの方が幸せな人生なのかもしれないけど。

 

 だけど、人に大手を振って自慢できるような人生じゃないけど、この本から感じる、あの頃の東京の空気を少しだけリアルに体感できる自分でいることもまんざらではないな、なんて思うのだった。

”アメリカ一惨めな街”から産まれたギターロック、クラウド・ナッシングス

2010年の調査、らしいがアメリカで最も”惨めな”都市はオハイオ州にあるクリーブランド、だそうだ。

 

jp.reuters.com

 

なんちゅう調査だ、と思うし住んでる人はお気の毒、としか言いようないが、高い失業率と鬱陶しい天気がその理由だそうだ。

 

そのクリーブランド出身のバンド、クラウド・ナッシングスが今年発表した新譜をここ最近よく聴いている。

 

ライフ・ウィズアウト・サウンド

ライフ・ウィズアウト・サウンド

 

 

Life Without Sound

Life Without Sound

  • Cloud Nothings
  • オルタナティブ
  • ¥1500

 

もう何年もギターロックバンドのアルバムなんて買ってなかったんだけど、このバンドはほんとによい。例えばデス・キャブ・フォー・キューティーなどの”90年代オルタナ・ロック”直系のギター・ワーク、なんだけど、とにかく次から次へと激流のごとく沸き上がるようなメロディーが気持ちよすぎて、つい何度もリピートしてしまう。

 


Cloud Nothings - "Internal World" (Live at WFUV)

 

またポップなんだけど、全編にどこか刺々しいというか、苛立った不穏な空気感が漂っているのもいい。最も惨めな街で生まれた郊外の(文化系の)若者たちの鬱屈が爆発している…そんな感じ。このフィーリングは日本の衰退する郊外に生きる、とっくに青春期を通り過ぎた俺にも肌感覚でビシビシ伝わってくる。

 

う~ん、でもこの歳になってもこうしたギターロックバンドに惹かれる感性が自分に残ってんだなぁ、って不思議な気持ちにもなるぞ。

 

イギリスの超カッコいいおっさん達、スリーフォード・モッズ

イギリスの二人組ユニット、スリーフォード・モッズの初の日本盤が3月に発売される!というニュースにひとり沸き立ってる俺、なのだ。

 

https://www.instagram.com/p/BQP3FNhlS0s/

TVブロスの記事。うわっ!?とうとうスリーフォード・モッズの日本盤出るんだ!快挙!イギーポップの言葉に偽りなし!

 

 

English Tapas [帯解説・歌詞対訳 / ボーナストラック1曲収録 / 初回盤のみ【Rough Trade】ステッカー付] / 国内盤 (RTRADCDJ925)

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  • アーティスト: Sleaford Mods,スリーフォード・モッズ
  • 出版社/メーカー: BEAT RECORDS / ROUGH TRADE
  • 発売日: 2017/03/03
  • メディア: CD
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TVブロスの記事には”バンド”と紹介されているが、この二人共にライブでは楽器を一切演奏しない。スタンドマイクにまるで噛みつくようにラップともスポークン・ワードともつかないがなり声でひたすら叫ぶヴォーカルと、その隣でノートパソコンのボタンをポチっと押し音源を再生するだけ(!)のオッサン、というちょっと異様な光景が展開される。

 

 


Sleaford Mods live Melt! 2016 full show proshot

 

肝心なバックトラックも、パンクバンドのイントロを抜きだし延々ループさせてるような、あっけないほどミニマルで簡素。そもそも英語が理解できないから何を言ってるのかも皆目分かんないんだが、それでもカッコよくってたまらない。苛ついてる感じがビンビン伝わってくる。で、ここ最近は気づくとこの人たちのライブ映像を観てしまう。

 

近いな、と思うのはマンチェスターのひねくれパンク・バンド、ザ・フォール。単調なリフを延々繰り返してぎこちないグルーブを作り出す感じはまさにそっくり。ちなみにリーダーであるマーク・E・スミスの強烈な個性は日本じゃ絶対受けないだろうな、と思われるのだが、俺はライブでのやる気があんのかないのか分からない傍若無人な振る舞いが結構好きなのだった。

 


Blindness - The Fall

 

元々彼らのことを知ったのは、イギリス在住の保育士兼ライター、ブレイデイ・みかこ著の本に取り上げられていたから。

 

ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 (ele-king books)

ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 (ele-king books)

 

 

ヴォーカルのオジサンは労働党に入党するくらい(現在は不明)政治に入れ込んでる人、らしい。まさに”ワーキングクラス・ヒーロー”、地べたに生きる者としかいえないふてぶてしい面構えにはリアリティーがある。

 

この人たちは、この一本調子で無骨なスタイルで行けるとこまで行ってほしい。そんでこの機会に来日してくれると嬉しいな。

 

オーケストラポップ・バンドの新鋭”マザー・ファルコン”

アメリカに”tiny desk concert"というネット番組(?)がある。毎回本屋さんの片隅のスペースでいろんなミュージシャンがライブをする、というシンプルなコンセプトなのだが、これが面白くてよく視聴している。

 

場所が場所だけに基本アコースティックかつ小音な演奏で、アデルのような世界的な人気歌手が普通に出演してたりするのも魅力。ここでチェックしたアーティストで気に入ったのをItuneなどで購入、という流れが最近多い。

 

例えば


Dan Deacon: NPR Music Tiny Desk Concert

 

見た目は完全に冴えないおじさんが創り出すとち狂ったエレ・ジャンク・ダンスポップ。途中から客に踊らせる展開が楽しすぎる!

 

 


Margaret Glaspy: NPR Music Tiny Desk Concert

 

新進気鋭のSSW。ルーツ音楽に根差してながらもどこかひねくれたギターワークと、仕事のできる美人OL風のルックス…なのにドスの効いた唄声がよいね。

 

あれ、二組ともアコースティックでもなんでもないな…まぁいいか。

 

で、新たに見つけたが”Mother Falcon”という大所帯のユニット。

 


Mother Falcon: NPR Music Tiny Desk Concert

 

『クラシック習ってるけど僕達だけどレディオヘッドとかも好きなの~!!』(実際レディオヘッドの”OKコンピューター”をまるまるカバーしたアルバム出してる)、って風情の若さ溢れる演奏にキュンとした俺(笑)、車内でこの人たちのアルバムをヘビーロテーションしてる。冬に向かうこの季節にピッタリなハートウォーミングな音楽だと思う。

 

You Knew

You Knew

  • Mother Falcon
  • オルタナティブ
  • ¥750

 

MF Computer (Radiohead’s OK Computer Reimagined)

MF Computer (Radiohead’s OK Computer Reimagined)

  • Mother Falcon
  • オルタナティブ
  • ¥900

 

 

左手首骨折、そして入院

先週月曜、会社から帰ろうとバイクに乗ってたら転倒、左手首を骨折してしまった。

 

事故直後、歪な形にずれた手首と激痛で軽いショック状態。救急車で近くの病院で診断してもらったら粉砕骨折、とのこと。しかし震災の影響で手術予定が重なっており、一週間くらい先になるかも、と言われる。

 

結局その日は手を固定する処置のみ、だったので激痛は止まず、ほとんど眠れなかった。次の日、別の病院で診察してもらうと「これ、すぐ応急手術しないとマズイです」とのことで急遽、手術。そしてそのまま入院することに。最初の病院、なんだったの(怒)…

 

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そしてイラストに描いたような処置をしてもらった。明日はいよいよこの取り付けている金具を外し、砕けた骨の代わりになり金属を取り付ける、とのこと。

 

人生初の骨折、そして一週間以上の入院も初。この記事は、ひっそりと静まり返った四人部屋の病室にてスマホで打ち込んでる。見知らぬ人の話し声やオナラやいびきの音を聞きながら。

 

片手が全く使えないので、病院スタッフの方々、そして家族の手助けなしではいろんなことができない(なにせ歯磨きひとつとっても大変だ)。改めて人の優しさのありがたみを感じている。ほんとは普段の生活から気をつけておかないといけないんだが、自分でなんでもできるとついつい過信してしまうのだな。

 

病室を出て、外の景色が見えるラウンジに腰掛け時間を潰す。しばらく重い物持ったり工事もできないかもだし、退院後の仕事のことを考えると憂鬱になるが、こればかりは仕方がない。目の前のことを少しずつ乗り越えることしか今はできない、と腹くくって頑張るしかない。