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グッバイ・クルエール・ワールド~新たなる旅立ち~

ときに熱くなったり、冷たくなったりするブログ

マルティニーク出身の異才ピアニスト・Chassol

 

 最近よく聴いてるアルバム。Chassol(シャソール) 

Big Sun

Big Sun

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Madame Etienne Lise

Madame Etienne Lise

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Carnaval, Pt. III (Percussions harmoniques)

Carnaval, Pt. III (Percussions harmoniques)

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  • provided courtesy of iTunes

 

カリブ海にあるフランスの海外県・マルティニークのアンティル諸島でフィールドレコーディングされた音にピアノやパーカッションなどを絡めたカラフルで躍動感溢れる作品。

 

人の話し声に音階をあてはめて楽器にメロディーをなぞらせる、ってテクニックはそういやミニマル・ミュージックの大家、スティーブ・ライヒもやってたけど、このシャソールって人はヒップホップ以降のセンスを持ってて、そういったアカデミックな雰囲気も湛えつつ、より色気があるというか。とにかくとんでもない才能の持ち主だと思った。

 


Chassol - Reich & Darwin (Big Sun)

 

 

Big Sun

Big Sun

 

 

 

はてなに移行しました。

 

 今しがたライブドアでやってたブログをはてなに移行。あんまり更新してなかったから移行がスムーズにできた。

 

はてなではいい意味で手抜き、というか記事を書くのに時間かけずに更新はまめにしたいな、と思ってる。(よっぽど気力があるときか、どうしても書きたいことがあるときは長文で)

 

https://www.instagram.com/p/BDvMkNNk_6B/

俺んちの向かいの家の桜。満開。#さくら

 

熊本に帰って、そろそろ20年目の桜。引越ししたい…と思いつつ居着いてしまった。

 

 

塚本晋也監督”野火”を観た!

 

8/8土曜日、デンキカンにて塚本晋也監督の新作"野火"を観てきた。

www.zakzak.co.jp

 





この日は初日ということで監督本人の舞台挨拶がある、ということを聞きつけ、たまたま仕事の休みが重なったこともあり駆け付けることができた。


ところで塚本晋也、といえばいまや伝説的な映画"鉄男"の監督。個人的にはこの映画には観た当初はもちろん強烈な印象を受けたものの、そこまで強い思い入れはない。なおかつ名作といわれる大岡昇平の原作も読んでいなかったのだが、かなり前から直感的に『この"野火"は絶対映画館で観なければなるまい』という気分に、なぜだかなっていた。

田口トモロヲ
角川映画
2010-04-23



大岡 昇平
新潮社
1954-05-12





上映時間を少し遅れて館内に入ると、真っ暗な座席はほぼ満員。画面には主役を演じる塚本監督と、今、日本映画界でもっとも"兵隊顔"してるなぁ、と常々思っていた俳優・山本浩司が出てたので『さすがは監督、わかってらっしゃる』と思わず笑ってしまったのだが。





しかしそんな余裕も束の間…太平洋戦争末期、最悪の戦場といわれたフィリピン戦線を舞台にした、まさに地獄巡りのような怒涛の映画体験に放り込まれたのだった。


誰かも分からないくらい汚れた顔の俳優たち…真っ黒に薄汚れた軍服…カラッカラに萎びた芋…そして容赦なく降り注ぐ銃弾でぶっ飛ばされる人体…腐乱死体の山…


そんな目をそむけたくなるような描写が美しすぎる熱帯の自然の中で繰り広げられてる、というアンバランスな異様さに胸がつまるようだった。


あとそんな映像を支える、むせ返るような現地の音をリアルに再現した音響、そして長年塚本映画のサントラを手がけている石川忠のメタル・パーカッションとオーケストレーションが融合した音楽も素晴らしかった。これは絶対映画館で体感するべきだと思う。


しかしこの映画、"今しがた生きていた人間が一瞬で肉の塊と化す"という戦場のリアルを徹底的に追求してるんで、その手の所謂残虐描写が苦手な方は、相当覚悟して観たほうがよい、ということを予め言っておきたい。一応事前にこうゆう映画だと知ってた俺もひるんだから、マジで。


出演していた俳優陣も素晴らしかった。『俺にはぜったい弾は当たらねぇ』と豪語するニヒルな"伍長"を演じる、元ブランキー・ジェット・シティーの剛腕ドラマー、中村達也、そしてなんといっても今や日本映画界を代表するリリー・フランキーの怪演!"若松"という若い兵隊を子分のように従え、足を負傷してるのにもかかわらず飄々と戦場を渡り歩く男・"安田"を、肩の力が抜けつつも不気味な存在感で演じていた。彼がなぜ今、映画界で引く手あまたなのがようやく分かった気がした。あんな演技ができる人は彼しかいないよ!


しかし"極限状態の戦場"で生き抜くために右往左往し、終いには"カニバリズム"にまで手を染めざるを得ないほど追いつめられる登場人物たちを見つめているうちに、なんともしれん憤りの感情がこみ上げてきた。それはこんな悲惨で惨めな状況に市井の兵隊たちを陥れた戦争と、当時の軍隊、ひいては日本に対して。すでに勝ち目などないことを承知していながら、己の面子かなにか知らないが前線の兵士にこんな苦境を強いて平気な顔していた奴ら、そしてそんな無謀ともいえる"精神論"の片鱗は未だこの日本では我がもの顔で跋扈しているんだよなぁ…そう、この映画の世界は遠い昔のお話ではないのだ、今と地続きなのだ、と思うと空恐ろしくなるのだった。


映画終了後、塚本監督が登場。その時の写真がこちら↓



 

(この小柄な体のどこに監督・製作・主演・撮影・美術・編集と一人何役もこなすパワーがあるのだろうか?)


なんでもこの映画、20年ほど前から製作を試みていたそうだが資金面でなかなか折り合いがつかず、今回実際の戦場を経験した方たちもお亡くなりになってきて、今作らなければもう間に合わない、という気持ちで半ば見切り発車的にプロジェクトを始動した、とのこと。日本が世界に誇る独創的な映画監督である、塚本晋也監督が自由に映画を撮れないなんて、これはかなり嘆かわしい話じゃないでしょうか!?人気コミックの映画化とかもいいけどさ、こうした真に意義のある映画にしっかりした援護がない日本映画界の未来は実に暗い、と思うぜよ、ほんと頑張ってよ。


…今まで都市で生きる歪な人間の"痛み"を執拗に描いてきた塚本監督でしか描けない全く新しい"戦争映画"だった"野火。映画館を出て、数日経った今でも鈍器で殴られたような余韻、というか悪夢というか、とにかく凄まじいものを見せられた、という気分に浸っているのだった。




(↓市川崑が撮った1959年版の"野火")

船越英二
KADOKAWA / 角川書店
2015-10-30



 

清々しい”左派系”イギリス映画『パレードへようこそ』観たよ!

 

今しがたデンキカンでイギリス映画"パレードヘようこそ"を観てきたよ。

1984年、イギリスで炭鉱労働者たちがストライキを起こした。それを応援すべく、レズビアン・ゲイの活動家グループが炭鉱夫の家族のために募金活動を始める。全国炭鉱労働者組合は同性愛者の団体から公に支援を受けることに対して抵抗感を持っていた。そのため、活動家たちはウェールズにある小さな炭鉱町、オンルウィンに直接寄付をすることにした。結果として、炭鉱労働者たちと同性愛者たちの間で、協力を模索する動きが出てきた。当初、両者の協力は失敗に終わると思われていたが・・・。

wikipediaより 







映画のオープニングで昨年94歳で亡くなった、プロテストフォークの伝説的シンガー、ピート・シーガーの「連帯は永遠に(Solidarity Forever)」というガッチガチの労働歌が高らかに鳴り響いてきたときには、正直ちょっとビビった。まぁ題材的にある程度予測はしてたんだけど、それを上回る思いっきり"左寄り"で"真っ赤っか"な映画じゃねぇか、って。





でも、こうした政治色が濃い内容にもかかわらず、 いい塩梅で笑える要素が詰まってて、実に肩の力が抜けた作りになってたのがよかった。 (そもそもイギリスの映画界って巨匠、ケン・ローチを筆頭に左寄りの人が多いそう)


特に笑ったのが、支援される側の炭鉱村の田舎っぺ丸出しな肝っ玉母ちゃんたちの子供のようなはしゃぎっぷり。ロンドンに招待された彼女たちは好奇心の塊で、怪しい雰囲気のアンダーグラウンドなゲイディスコにもガンガン突撃していって、ブロンスキー・ビート(懐かしいね)なんかでガンガン踊っている。宿泊したゲイカップルの寝室に置いてある、その手の雑誌のきわどいグラビアを見ながらゲラゲラ笑ってる。そんな彼女たちのあっけらかんとした素朴さが、とかく深刻な色合いになるこの映画のトーンを明るくしてたってわけ。







それとゲイ・レズビアンの青年たち。道を歩いてるだけで石を投げつけられる、80年代イギリスの同性愛者に対する過酷な状況の中で、マッチョイズムに支配された炭鉱労働者に何度断られても『彼らと自分たちは同じ敵・サッチャーと戦う同士だ』と言って炭鉱ストへの支援を諦めないその姿に、ちょっとウルッとさせられた。いやぁ、こうゆう信念を持って行動する、打たれ強い人たちのひたむきさには心打たれるものがあるよね。








 あと、この映画で話題になっていたのが、当時のブリティシュポップスがふんだんに使われていること。特に冒頭に使われたザ・スミスの"What Difference Does It Make"には、あぁ、そりゃもうグッときたよ、きたともさ!






( ちなみにザ・スミスとこの映画について触れているブログを見つけたのでリンク貼っておきます↓。とても素晴らしい文章)

「パレードへようこそ」と"What difference does it make?"



しかし俺がザ・スミスをリアルタイムで聴き狂ってた中学時代は、実際の話、どうして彼らがイギリスであれほどまでに熱狂的に支持されているのかが、そこまで掴めてなかったんだけど、この映画観てようやく分かった気がする。


ザ・スミスの、モリッシーの唄ってゲイや苛められてる人だけじゃなく、それこそ炭鉱労働者のような、あの時代のイギリスを生きた"虐げられていた人たち"全てに響いてたんだな、きっと。


それは最近読んだザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 (ele-king books) [単行本(ソフトカバー)]という本に

どうやら同世代の英国人たちの話を総合すると、ザ・スミスを聴いていたのはゲイ・プライドに参加していた若者たちだけではなく、(ゲイに)石を投げていた側もそうであったということだ。つまり、ザ・スミスは両側から愛された珍しいバンドだったのである。


と記してあり、さらに確信した次第。



…とにかく観終わってこれほど清々しい感動を憶えた映画も近年なかったなぁ。特に80年代ブリティシュロックを聴いてた人たちならマストで観るべき!だと思うぜよ。



 

カルチャークラブ復活!記念~ほんとはこんな歌詞だったのね~

 

まじっすか!?と思わず唸ってしまったニュース↓

カルチャー・クラブが新曲「Like I Used To」を一部公開

俺にとってカルチャークラブといえば、80年代洋楽を代表するポップ・アイコン。…だけど今に至るまで彼らのアルバム持ってないし、というかまともに聴いたことすらない。

なんでかな?と今更ながら考えてみたんだけど、まずは彼らの曲自体がラジオやテレビ等あちこちで流れていたのでわざわざアルバム買ってまで聴く必要を感じなかったことが一つ。あとアルバムのジャケットがこれだったから↓

Colour By Numbers
Culture Club
Virgin Records Us
2003-10-07


 
”うわ!ダサっ!”と拒否反応が(苦笑)。

そんなカルチュークラブに対して食わずきらいのまま今日まで来てしまった訳だけど『そういや一体どんな歌詞だったんだろ?』という疑問が沸いてきて。
ならばと彼らのヒット曲の一つ”カーマは気まぐれ(Karma Chameleon )”をおさらいしてみようと思った次第。



日本人にとってはヴォーカル、ボーイ・ジョージの見た目から連想される単語と相まってサビのフレーズがやけに印象的すぎる曲。邦題の”カーマは気まぐれ”から察するに『”カーマ”という名前の女の子の気まぐれに翻弄される男の子のお話』とばっかり思ってたけど、どうも違ってたようで。

 

君の目にはいつも変わらずに愛情があるんだろうか
君の嘘を聞けばたぶんこんな感じだろう
僕は信念のない男なんだ
僕には分からないんだ、
何と言って反論すればいいのか


君はくるくると変わる、くるくると変わるカルマ・カメレオン
君はくるくると変わる、くるくると変わる
愛はもっと簡単だろう、君の色が僕の夢のようだったら
赤と金と緑色、赤と金と緑色だったら 君は毎日のように意地の悪いことを言うわけじゃなかった


それに前は君はとても優しかった、君は言ってたろう、
僕の愛から離れられないと
一緒にいれば、僕らの愛は強い
行ってしまえば、君は永遠に戻ってこない


君には意志がないんだね、君には意志がないんだ カルマ・カメレオン
君はくるくると変わる、くるくると変わる
愛するのはもっと簡単だろう、君の色が僕の夢のようだったら
赤と金と緑、赤と金と緑だったら まるで毎日がサバイバルだ


君は僕の恋人だろう、敵じゃなくて
まるで毎日がサバイバルだ
君は僕の恋人だろう、敵じゃなくて 
僕は信念のない男なんだ
僕には分からないんだ、
何と言って反論すればいいのか


君はくるくると変わる、くるくると変わる カルマ・カメレオン
君はくるくると変わる、くるくると変わる
愛はもっと簡単だろう、君の色が僕の夢のようだったら
赤と金と緑、赤と金と緑だったら

 

 

なんか結構ヘビーな局面の恋人同志の唄って感じ。特に『まるで毎日がサバイバルだ 君は僕の恋人だろう?敵じゃなくて』つうヴァースは悲痛な叫びにも聞こえる。

あと”カーマ カメレオン”という言葉はどうも造語みたいで、”カーマ”は仏教用語の”カルマ”、つまり因果応報、宿命といった意味で使ってるみたい。だから
”カメレオンのように ころころと移り変わる宿命”といった感じかな。

で、今回カルチャークラブのことを調べていたら”Takaki Fujishima”という方のブログ”Queer Music Review”にいろいろ興味深いことが書かれてたので若干引用させていただきます。

…まあ確かに、彼がメーキャップを始めたのは、クラブで目立つため、という理由からではあった。しかし、カルチャー・クラブを結成してからの彼の女装は、目立つためというよりも、恋人を自分のもとに繋ぎ止めておくためのものだった。
恋人だった男の名前は、ジョン・モス。カルチャー・クラブのドラマーである。そして、ジョン・モスはストレートだった(と自分では言っているんだけど、たぶん彼はクロゼットのゲイなんじゃないかな、本当は)。
(Queer Music Reviewより参照)


マジか…その事実は知らなかった。そしてどうもこの”カーマは気まぐれ”を含めてカルチャークラブ、つうかボーイ・ジョージの書く歌詞って当時のバンドメンバーであり恋人でもあったジョン・モスに向けられたものだった、とのこと。

それを踏まえて”カーマは気まぐれ”が収録されたアルバム”Colour By Numbers”の他の曲を聴くと、どれも軽快な響きとは裏腹の当時のボーイ・ジョージの辛い心境が反映されたものが実に多いんだわ。

性能の良い銃を手に入れたんだろうね
それを使って どうやって遊ぶのか楽しみを覚えたら
そうしたら君は 
それを僕の方に向けるのさ
他のどんな男たちよりも
僕が上を行ってるからさ

僕を失ったら 君は残念がることになるよ
ずっと悔やむことになるさ
僕を失ったら 君は残念なことになるよ
今さら君に嘘をついても仕方ないよ
(ミス・ミー・ブラインドより) 

これもなんとも辛辣な歌詞じゃないですか。てかこんな歌詞を目の前で唄われていたジョン・モス、居たたまれなかっただろうな…

カルチャークラブはその後、解散、再結成を繰り返しつつ今回の新アルバム制作に至ったわけですが(詳しいことはこちら↓)
ボーイ・ジョージの華麗な復活劇

件のボーイとモスとの関係などを知ったうえだと、なんだかえらく感慨深いなぁと思ってね。だって今回の新アルバム、二人を含めたオリジナルメンバーで製作してるし。多分外野には窺い知れない彼らの事情や繋がりの強さがあるんだろうな、きっと。

※”Takaki Fujishima”さんの”Queer Music Review”にはとんちピクルスさんについての秀逸な文章も掲載されています。俺、それ読んで唸りました。
 

 

心に残る洋楽曲の歌詞シリーズ~トーキング・ヘッズ”Road To Nowhere”

 

ライブドアブログのトップページに気になる記事が紹介されていました。

音楽系ブロガーよ、君はまともなブログサービスを使っているのか?「音楽系ブログ」に重要な3つのポイント

要は”歌詞の転載がOKなブログサービスとそうでないのがありますよ”つうこと。

livedoor Blog 開発日誌 JASRAC管理楽曲の歌詞掲載が可能になりました

…これ知らなかったっす。本来ブログに勝手に歌詞を載せるのはNGだったんですね。

そうゆうことなら、この心置きなく歌詞を転載できるライブドアブログで今まで聴いてきた洋楽曲の特に印象に残っている歌詞を取り上げるトピックをこれから順次書いていこうか、と思いまして。

そんじゃ最初の投稿はどれにしよう…と思いついたのがこの曲。トーキング・ヘッズ (Talking Heads)の”Road To Nowhere”

 

俺が洋楽ロックを聴きだしたのは中学2年の頃。当時熊本は大江の辺りに住んでいたんですが、白川中学からの帰り道、街路樹にこのトーキングヘッズのライブ・ドキュメンタリー映画”ストップ・メイキング・センス”のポスターがくくりつけられていたんですね。

ストップ・メイキング・センス [DVD]
トーキング・ヘッズ
ポニーキャニオン
2000-11-01


↑そう!まさにこのジャケのデザインで。多分熊本大学主催のイベントではなかったか、と。

まだ洋楽ロックに興味を持ち始めたばかりだったので当然トーキング・ヘッズのことは知らなかったんですが、とにかくこのポスターのビジュアルに『カッコええっ~』といたく感動しまして。

早速、当時九州学院正門の隣にあった貸レコードショップでこの映画のサントラレコードを借りたのでした。懐かしい。

テープにダビングした後はそれはもう聴き倒しましたね。ジャケのイメージ通りのアートセンスのある今まで聴いたことのない感じの斬新なロック。
特にこの頃のトーキング・ヘッズは大所帯編成でアフロビートを追求した時期で、土着なリズムと都会的なセンスが融合した、まぁとにかく踊れるサウンドだったですね。

ちなみにこのドキュメンタリーを実際に観たのはそれからしばらく経ってから。なかなかこのヴィデオをレンタルで置いてあるお店がなかったんですよ。(お金がなかったんで買うという選択はなかった)

その後トーキングヘッズの他のアルバムにも興味が湧いてきて、次に聴いたのが”Road To Nowhere”が収録された『Little Creatures』でした。

Little Creatures
Talking Heads
EMI Catalogue
2009-08-31


↑これもジャケがいいね。

そもそもトーキングヘッズってリーダーであるデビッド・バーンのその時々の志向がアルバムごとに反映されるんで結構ころころ音楽性が変わるんですが、このアルバムでは割とストレートなポップソングが披露されてて、その肩の力の抜け具合が実にいい塩梅なんです。ちなみに”Road To…”はそのエンディングを飾る曲。

今聴いても『いい曲だな』って思います。では歌詞の抜粋をば。

どこに行くのは分かっていても
どこから来たのか 誰も知らない
何を識ってるかは分かっていても
何を見てきたかは誰もいえない
僕らは小さな子供じゃない
だから 何を欲しいかぐらい分かっている
未来は確実にやってくる
解答を出すために 少しだけ時間をおくれ

僕らはどことも知れぬ所へ向かっている
さあ 中にお入り
当てのない旅に出かけよう
行く先知れずの旅へ

今朝はとても気分がいい
知ってるかい
パラダイスを目指して出発するんだ
さあ 行こうぜ さあ 行こうぜ

【訳詩・山本 安見】 


デビッド・バーンって見た目の雰囲気からしてそうなんだけど”現代に生きる普通の人たちの不安定な内面”を独特のタッチで歌詞に落とし込むアーティストだと思うんです。だけどこの曲に関してはそんな不安な心持を内在しながらもどこか楽観的な印象を感じます。曲調もふっきっれたような明るさがあるし。

しかし改めて考えたらこの曲に出会ってもう30年近くなるんだな、と。いつの間にやら紛うことなき中年になって”どことも知れぬところに進んでる”感がさらに増してる今だからこそ尚更沁みるもんがあるんですよね。

【日本語字幕入・日本版】ライド・ライズ・ロウアー/デヴィッド・バーン [DVD]
デヴィッド・バーン
ヤマハミュージックアンドビジュアルズ
2011-06-22


↑すっかり白髪になった今のデビッド・バーンのライブDVD。ダンサーが参加した演劇的ステージが見ごたえありです!

 


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大林宣彦監督”この空の花”の話 その二~AKB48のPVがこの映画の続編になってたよ~

 

AKB48のメジャー30作目のシングル”So long!”買いました。

 

このシングル2013年2月に発売されたものなので『なんで今頃?』って感じでしょうが。ちなみに俺、AKBのことそれほどファンではありません。(ファンの人ゴメンナサイ)


彼女たちが出ているバラエティーはたまに観るくらいで、メンバーの名前もあんまり覚えてないし。
でも横山由依・大場美奈・松井玲奈・小嶋真子・朝長美桜あたりは可愛いな、と何気に思ってるけど…って結構詳しいほうだな、俺(笑)


でも楽曲で好きになったのって正直あんまりない。この前の”恋するフォーチュンクッキー”は名曲だと思ったんですがね。

ではなんでこの”So long!”買ったかというと、付属のDVDであるこの曲のPVの監督をしているのが大林宣彦、なおかつこのPV自体が映画”この空の花”の続編的なものになっているから。

はじめその話を聞いたときは正直?だった。というのも大体AKBのファンである若い子たちで”この空の花”を観てるのってほとんどいないだろうし、というかそもそもあの映画自体AKBとは全く関係ないお話。どうしてそんな企画をAKB側がOKだしたか、も不思議だし。

…という疑問を解消するべく、ちょっと間が開いたけどわざわざ購入して鑑賞してみたわけです。


いやぁまず驚いたのは、曲のPVなんだから長くて10分程度だと思うんだけど、これ60分近くのれっきとした短編映画になってたこと。

主役はまゆゆこと渡辺麻友、舞台は”この空…”と同じく新潟県長岡市。で、その肝心の内容ですが…
この方のブログが詳しいので興味ある方は読んでみて(手抜き)↓


大林宣彦監督は何故AKB48「So long !」MVを撮ったのか?その個人史を辿りながら考察する。

個人的には渡辺麻友と友人役の松井珠理奈のちょっと百合系チックな描写に”萌っ!”ときたりしたけど、
無駄に切り返しの多い会話シーン、だったり、
”この空…”でもやってた、なんでもかんでもいちいちテロップを入れたり、
チープ極まりないマット合成、物語と全く関係ないダジャレ押し、
”この空…”にも出演してた高嶋政宏の迷?台詞「この雨、痛いな!」を再び意味なく言わせてたり、


相変わらずの支離滅裂ぶり。


さらに一番違和感があったのは、おじいちゅんが夢想する”典型的美少女口調”のセリフ。『そんな言い回し、今の娘はしません』って思わず突っ込んでしまうほど背筋がブルっとしましたね。

でもそんなイビツ感満載っぷりがまさしく

完全無欠な大林映画に仕上がってて逆に笑いを禁じ得なかったっす。 



しかし、そんな齢76歳・大林監督の天真爛漫な映像世界に翻弄されていくうちに、なんだか知らず知らずと涙がじわーっとこぼれてきたんです。
まずこの出鱈目さは大林監督が、映画のことなどなにも知らずにただただ楽しくて作っていた、あの若き日のスピリットに、映画のテクニックとか常識とかに囚われてない無邪気なあの頃に立ち戻りたいんだと。それは死期を感じざるを得ない年齢に達した監督の切実な想いなんだな、ということがひしと理解できたから。

あとこのPV、”この空…”でも言及されてた戦争、そして原発事故による放射能汚染のことをさらに掘り下げてるんだけど(福島・南相馬から転校してきた、という設定の松井珠理奈に『もうお魚、食べれないね』というセリフを言わせてるのには驚いた)
それも未来を本気で案じる監督がこのPVを観るであろう若い年代の子たちに真剣に語りたかった、その想いの強さに感動してしまったのです。

多分このPV観てほとんどのAKBファンの子は”なんじゃこれ!?”としか思わなかったかもしれないけど、できればブッ〇オフとかに叩き売らずに、この先歳をとって結婚して子供が出来たりした際に再び観て欲しい、なと。そのときちょっと説教臭く聞こえたこの作品の神髄がスッと心に入ってくるんじゃないかな、と思うんですよね。
そうゆうことを考えると、この出来にゴーサインを出したAKB、結構懐深いな、と感心してしまいましたよ。いやマジで。


この空の花 -長岡花火物語 (DVD通常版)
松雪泰子
ビデオメーカー
2014-04-08




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