グッバイ・クルエール・ワールド~新たなる旅立ち~

ときに熱くなったり、冷たくなったりするブログ

燃え殻著”ボクたちはみんな大人になれなかった”のこと

1993年、21歳の僕は東京にいた。

 

3年制の映像関係の専門学校に通うため上京し、いよいよ卒業間近となったものの、先の進路を決めかねていた。

 

その頃、映像関係・所謂”業界”になにがなんでも入ってやるぞ、という気持ちはそこまで強くなかった。今でこそ邦画人気は回復してるように見えるが、20年以上前のあの業界はじり貧もいいとこで、明るい展望を抱きづらいところがあったし、また今でもそうなのかもしれないがあの世界独特の徹夜・泊まり込み当たり前、といったブラック的仕事環境に内心ビビっていたのも大きい。

 

…とはいえ、俺の同級生の何人かを含めそんなハードルをものともせず、あの業界に飛び込んだ若者は確かにいたわけで、結局俺が意気地なしのヘタレ野郎だったことは否めない。そもそも東京に出てきたのも、そうした業界に心底憧れて、というよりとにかく地元を飛び出したかった、一人で暮らしたかった、という気持ちが強かったから。『映像業界に入る』という夢をダシにして、ただ単に東京で何者でもない自分で、全てのしがらみから逃れて、のらりくらりと生きてみたかっただけかもしれない…と今にして思う。

 

 そんな俺だったがまったく就職活動しなかったわけではなかったのだ。実はCM制作事務所に2週間ほどアルバイトに行ってたことがある。

 

 あるとき父方の祖母が連絡してきて、実は親戚が東京の広告代理店に勤めていて、お前が興味あるのなら一度会ってみなさい、という話になったのだ。ちなみにこの話には後日談があり、その祖母は俺の実の祖父が死去した後、別の人と再婚していて、その広告代理店の方は再婚した相手の親戚、つまり俺とはなんの繋がりもない人だったのだ。(親からなにも教えてもらってなかった俺は祖母が再婚してることすら知らなかった)

 

 …まぁそれはいいとして、その広告代理店の人と銀座の事務所で会い、そのつてでCM制作会社を紹介してもらい、2週間ほど丁稚奉公することになった。その頃、まだ新聞奨学生制度を使い住み込みで働いていたので、フルでの参加はできなかったが、あちこちCMの制作現場を覗かせてもらった。CMプランナーが会議でプレゼンしてるとことか、撮影現場で南果歩に会ったこともある。

 

 しかし、そんなチャンスを目の前にしてやっぱり踏ん切りがつかなかった。完全に腰がひけていた。その頃には薄々『やっぱ俺、こんな生き馬の目を抜くような大都会で生き残れる自信ない』と思っていた(まぁ丁稚奉公してた会社の人からも「君はこの業界には向いてないかも」とは言われたが)。実際それからしばらくして東京生活を畳み、福岡で4年ほど暮らした後、地元に戻り今に至るのだった。

 

 ”燃え殻”という変わったペンネームの著者が書いた『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読んで、自分の煮え切らなかった20代前半の頃を否応なく思い出してしまった。

 

 

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

 

 

 著者の燃え殻氏は現在43歳。今もテレビ美術関係の制作会社に勤める現役のサラリーマンだが、自身のツイッターで人気が出て、その後ウェブマガジンで小説の連載を始め、その書籍化が本作、なのだそう。ざっくり説明すると彼の初恋話が主軸となったストーリーなのだが、ほぼ同時期に東京に暮らし始めたこともあり、読んでいてなんだかこちらまで甘酸っぱいような切ないような気分になった。

 

 

 本に登場する数々の固有名詞・施設名が全部とは言えないけど懐かしい。例えば1999年に閉店した六本木WAVEには俺もよく通ってた。店内でCDを物色する細野晴臣氏を見かけたこともあった。地下にはシネ・ヴィヴァンという映画館があって、そこでマイク・リーの”ネイキッド”っていう変な映画を観たっけ。確かパラジャーノフの映画を観たのもここだった、と思う。

 

 

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ざくろの色(デジタル・リマスター版) [DVD]

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 燃え殻氏の記憶と重ならない部分としては、あの頃の俺は、なぜか日本発のカルチャー全般にほとんど興味がなかったので、オザケンを神と思うこともなかったし、押井守の『ビューティフル・ドリーマー』を観たこともなかったし思い入れも全然ない、ってとこ。なにせ渋谷にも散々行ってたにも関わらず、渋谷系ミュージシャンがこぞってイベントしてた渋谷HMVにもほんの数回しか行かなかったし。(とにかくWAVEで変な音楽を漁ってた)

 

 テレビ番組のテロップを制作する会社になりゆきで入った燃え殻氏は、過酷な労働条件の中、アルバイト雑誌の文通希望欄で知り合った”最愛のブス”である彼女との逢瀬で、かろうじて精神を保つ日々を送る。その後彼女と別れて、20年近く経ったある日、フェイスブックで偶然彼女を見つけ、ふとした手違いで彼女にフレンド申請の送信ボタンを押してしまう…

 

 

「キミは大丈夫だよ、おもしろいもん」

どんな電話でも最後の言葉は、それだった。彼女は、学歴もない、手に職もない、ただの使いっぱしりで、社会の数にもカウントされていなかったボクを承認してくれた人だった。あの時、彼女に毎日をフォローされ、生きることを承認されることで、ボクは生きがいを感じることができたんだ。いや今日まで、彼女からもらったその生きがいで、ボクは頑張って微動だにしない日常を、この東京でなんとか踏ん張ってこられた。

 

 大都会で一人暮らしをする寂しさ、心細さを少しでも知ってる人なら、この言葉には泣かされるんではなかろうか。実際俺、泣いたし(笑)。この彼女がいなかったら間違いなく彼は仕事辞めてた、であろうし、なんなら東京からも逃げていたのかもしれないと、こうゆう存在がいなくて、早々と脱落した俺は逆にその気持ちが痛いほどよく分かる。

 

 そう、こんな自分でもいい、と言ってくれる人が一人でもいれば、この無情で冷ややかな世界でも立っていられるんだ、それとおセンチだ・か弱いと言いたければ言え、多分そんな奴には、業界でそれなりに成功し、それなりにいい思いもしてるのにも関わらず、未だに何十年前に別れた元カノのことを忘れられないみっともない男が書いた、この本の良さなど一ミリも理解できないだろう。まぁもしかしてそっちの方が幸せな人生なのかもしれないけど。

 

 だけど、人に大手を振って自慢できるような人生じゃないけど、この本に心から繋がりを感じる自分でいることもまんざらではないな、なんて思うのだった。