グッバイ・クルエール・ワールド~新たなる旅立ち~

ときに熱くなったり、冷たくなったりするブログ

塚本晋也監督”野火”を観た!

 

8/8土曜日、デンキカンにて塚本晋也監督の新作"野火"を観てきた。

www.zakzak.co.jp

 





この日は初日ということで監督本人の舞台挨拶がある、ということを聞きつけ、たまたま仕事の休みが重なったこともあり駆け付けることができた。


ところで塚本晋也、といえばいまや伝説的な映画"鉄男"の監督。個人的にはこの映画には観た当初はもちろん強烈な印象を受けたものの、そこまで強い思い入れはない。なおかつ名作といわれる大岡昇平の原作も読んでいなかったのだが、かなり前から直感的に『この"野火"は絶対映画館で観なければなるまい』という気分に、なぜだかなっていた。

田口トモロヲ
角川映画
2010-04-23



大岡 昇平
新潮社
1954-05-12





上映時間を少し遅れて館内に入ると、真っ暗な座席はほぼ満員。画面には主役を演じる塚本監督と、今、日本映画界でもっとも"兵隊顔"してるなぁ、と常々思っていた俳優・山本浩司が出てたので『さすがは監督、わかってらっしゃる』と思わず笑ってしまったのだが。





しかしそんな余裕も束の間…太平洋戦争末期、最悪の戦場といわれたフィリピン戦線を舞台にした、まさに地獄巡りのような怒涛の映画体験に放り込まれたのだった。


誰かも分からないくらい汚れた顔の俳優たち…真っ黒に薄汚れた軍服…カラッカラに萎びた芋…そして容赦なく降り注ぐ銃弾でぶっ飛ばされる人体…腐乱死体の山…


そんな目をそむけたくなるような描写が美しすぎる熱帯の自然の中で繰り広げられてる、というアンバランスな異様さに胸がつまるようだった。


あとそんな映像を支える、むせ返るような現地の音をリアルに再現した音響、そして長年塚本映画のサントラを手がけている石川忠のメタル・パーカッションとオーケストレーションが融合した音楽も素晴らしかった。これは絶対映画館で体感するべきだと思う。


しかしこの映画、"今しがた生きていた人間が一瞬で肉の塊と化す"という戦場のリアルを徹底的に追求してるんで、その手の所謂残虐描写が苦手な方は、相当覚悟して観たほうがよい、ということを予め言っておきたい。一応事前にこうゆう映画だと知ってた俺もひるんだから、マジで。


出演していた俳優陣も素晴らしかった。『俺にはぜったい弾は当たらねぇ』と豪語するニヒルな"伍長"を演じる、元ブランキー・ジェット・シティーの剛腕ドラマー、中村達也、そしてなんといっても今や日本映画界を代表するリリー・フランキーの怪演!"若松"という若い兵隊を子分のように従え、足を負傷してるのにもかかわらず飄々と戦場を渡り歩く男・"安田"を、肩の力が抜けつつも不気味な存在感で演じていた。彼がなぜ今、映画界で引く手あまたなのがようやく分かった気がした。あんな演技ができる人は彼しかいないよ!


しかし"極限状態の戦場"で生き抜くために右往左往し、終いには"カニバリズム"にまで手を染めざるを得ないほど追いつめられる登場人物たちを見つめているうちに、なんともしれん憤りの感情がこみ上げてきた。それはこんな悲惨で惨めな状況に市井の兵隊たちを陥れた戦争と、当時の軍隊、ひいては日本に対して。すでに勝ち目などないことを承知していながら、己の面子かなにか知らないが前線の兵士にこんな苦境を強いて平気な顔していた奴ら、そしてそんな無謀ともいえる"精神論"の片鱗は未だこの日本では我がもの顔で跋扈しているんだよなぁ…そう、この映画の世界は遠い昔のお話ではないのだ、今と地続きなのだ、と思うと空恐ろしくなるのだった。


映画終了後、塚本監督が登場。その時の写真がこちら↓



 

(この小柄な体のどこに監督・製作・主演・撮影・美術・編集と一人何役もこなすパワーがあるのだろうか?)


なんでもこの映画、20年ほど前から製作を試みていたそうだが資金面でなかなか折り合いがつかず、今回実際の戦場を経験した方たちもお亡くなりになってきて、今作らなければもう間に合わない、という気持ちで半ば見切り発車的にプロジェクトを始動した、とのこと。日本が世界に誇る独創的な映画監督である、塚本晋也監督が自由に映画を撮れないなんて、これはかなり嘆かわしい話じゃないでしょうか!?人気コミックの映画化とかもいいけどさ、こうした真に意義のある映画にしっかりした援護がない日本映画界の未来は実に暗い、と思うぜよ、ほんと頑張ってよ。


…今まで都市で生きる歪な人間の"痛み"を執拗に描いてきた塚本監督でしか描けない全く新しい"戦争映画"だった"野火。映画館を出て、数日経った今でも鈍器で殴られたような余韻、というか悪夢というか、とにかく凄まじいものを見せられた、という気分に浸っているのだった。




(↓市川崑が撮った1959年版の"野火")

船越英二
KADOKAWA / 角川書店
2015-10-30